ゲームセンターCX第1回「たけしの挑戦状」タイトー

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第1シーズン

今や大人気の有野課長。その原点ともなる第1回目の挑戦は「たけしの挑戦状」。はたしてクリアはできるのか?乞うご期待!

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見どころ

今回の見どころはやはり、有野がたけしの挑戦状に挑戦するところ。

当時誰もがクリアできなかった、伝説のクソゲーに果たして有野はクリアすることはできるのか?

大ヒット作品を世に送り出したクリエイターの考え方を知ることができるのも見どころの1つである。

あらすじ

クリエイターズインタビュー

西角友宏にしかどともひろ

スペースインベーダー」生みの親。

スペースインベーダー

スペースインベーダーは昭和53年に発表され大人気となったゲーム。
ゲームセンターや喫茶店などに筐体機が置かれ、ハマる人が続出し社会現象となる。
熟練者による「名古屋撃ち」などの裏技も有名である。
現在活躍するゲームクリエイターの原点とも言えるゲーム。

西角は、タイトーに入社し、スペースインベーダーでは、ソフトウェアを担当。
タイトーでは、アーケードとコンシューマーの両部署の開発部長を経て退社。

その後、株式会社ドリームスの社長となる。

現在は、株式会社タイトー アミューズメント開発部アドバイザーとして活躍。

なぜゲームの世界へ?

もともとは、オーディオ関連の会社に勤めいたが、先輩とともに転職し、タイトーに入社。
そもそも入社時は、タイトーが何をしている会社かすら知らなかったという。
その先輩は、すぐにタイトーを辞めてしまい現在の活動は不明。

ゲームは初め、外国で生まれ、日本では誰も知らないようなものだった。
その内容も、シンプルでテニスのような球を弾き合うものだったという。
当時のタイトーの上司より、同じようなものを作れないかと相談され、作ったサッカーというゲームが、恐らく日本発のテレビゲームとなる。

インベーダー開発

参考にしたのは、その当時外国で開発されていた「ブロック崩し」
ここに、敵が攻めてくるという要素や、盾で防御される要素を取り入れた。

スペースモンスターという名前だった

開発時は、「スペースモンスター」という名称だった。
しかし、開発した西角の意と反して、トップダウンの命令により「スペースインベーダー」に変更された。
そのことで、インベーダーへの愛着がなくなってしまったという。

キャラクターデザインの悩み

開発当初は、敵キャラは「人」や「飛行機」などの案があったが、モラル的なものや違和感から却下。

その当時流行っていた、映画「スターウォーズ」にヒントを得て、宇宙人を敵とすることになった。

宇宙人であれば、悪者としてやっつけるということもありだし、真横に動く動作も不自然でないということからだった。

突然の大ブーム

新商品発表会では各営業から不評だったという。
しかし、その評判は初めだけで、わずか2ヶ月後には大ヒット作品となった。

インベーダーの特徴

残機があっても、敵に侵略されてしまうと、一気にゲームオーバーになる。
開発当初、営業などからは、難易度が高く批判がくるのでは?と心配された要素だが、逆にスリルがあって面白いと評判になった。

名古屋撃ち

敵が最後の一段、つまり敵に侵略されるすれすれの位置にいる敵からの玉は被弾しないというコンピューターのバグを利用し、一気に敵を消滅させるという裏技があり、名古屋のプレイヤーが編み出したことから「名古屋撃ち」と命名された。

有野と西角のインベーダープレイ

本編では、有野と西角が実際にスペースインベーダーをプレイ。
当時流行った名古屋撃ちやUFOボーナスに挑戦している。

プレイ途中に出てくるUFOを打ち落とすと通常150点獲得だが、裏技として、プレイ開始後23発目にUFOを打ち落とすと300点のボーナスが獲得できる。

開発者の西角は見事にUFOボーナスを獲得。

西角友宏にとってゲームとは?

「ゲームとは作って楽しいもの」

自ら遊んで楽しむというよりも多くの人々を、自分の作ったゲームによって楽しませることが信念の西角だからこその名言。

齋藤晃さいとうあきら

根強い人気を誇る「電車でGO!」を作った男。

電車でGO!

平成9年に発表されたゲーム。
本物そっくりの運転席に座り、電車運転を楽しめる、シュミレーションゲーム。

忠実に再現された車窓風景やリアルなシステムで瞬く間に大ヒット。
制限時間内に電車を正しく運行するゲームで、家庭用ソフトも100万本を突破した。

齋藤晃について

87年にタイトー入社。
「ギャラクティックストーム」「サイバーステラ」等を担当し、1997年に「電車でGO!」を企画。

その後、GM事業本部GM開発部に所属。

入社時は、タイトーがインベーダーを作った会社とも知らずに入った。

入社当初は、ゲーム制作ではなく、「キャラ屋」だったという。

キャラ屋とは

ゲーム制作を行う上で、プログラムなどの根幹とは別の、デザイン制作を行う担当。

しかし、3ヶ月の修行の後には企画の担当となった。

ボツ作品もたくさんあった

電車でGO以前は山のようにボツ作品となることもあり、悔しさから、廃棄となる筐体も記念としてとっていたという。

電車でGO!を作るきっかけ

子供のころから電車が大好きだった斉藤。
夢は電車の運転手でもあった。

作品作りはヒットに恵まれなかったが、自身のやりたいことをと考え、大好きな電車でゲームを作ることとなり、電車でGO!が生まれる。

ゲーム化へむけて

もともと電車好きの斉藤。

あるとき、電車博物館へ行くと、そこには運転をシュミレーションできる機械があり、実際に体験している人がいた。

そこには会社をサボって運転の体験をしに来るサラリーマンの姿も多く見られたときに、電車のゲーム化はヒットすると確信した。

背水の陣で臨んだ制作

齋藤にとって次はなかった。

多くのボツ作品を重ねてしまった齋藤が最後にと挑戦したゲームこそ電車でGO!だったのだ。

見事この作品で花開いた齋藤の電車でGO!は今でも根強い人気のゲームとなっている。

タイトル案裏話

今でこそ知名度の高い「電車でGO!」というタイトルだが、元々は社内で素案を出していたときに、他の人の「車でゴー」や「車でブー」という作品名からノリで「電車でGO!」としたものが採用された。

他にもタイトル案として、「はがねわだち」や「続ける鉄路」などもあったが、重たすぎるとして却下となった。

クリエイターとしてのこだわり

風景は全て実物どおりとなっている。
ひび変化していく風景を作成していくのはとても根気がいったようだ。

風景の下見は、実際に切符を買って運転席後ろから見て作成されたという。

下見の際は本当の鉄道マニア「てっちゃん」と共に先頭車両にはりついていたと懐かしく語る。

運転席へのこだわり

ゲームセンターの筐体機には、シートに重低音が出るサウンドシステムを採用するなど細かな部分も徹底して作りこんだ。

ゲーセンに異変

ゲームセンターに電車でGO!が置かれると瞬く間にヒットし、鉄道マニアはこぞってプレイしたという。

その当時有野もゲームセンターでプレイする人を見かけたが、「ずっと同じ人やなぁ」と思ったそう。

齋藤もその点は感じていたようで、「ゲーム機1台に対しての回転率が悪いな」と笑っていた。

イベントも大盛況

ゲーム機の前にはいつも黒山の人だかり。

腕前を競うイベントが開催されれば、多くのファンが集まったという。

人気はとどまることを知らず、本物の運転手さんも遊んでいた。

本物の運転手はゲームをプレイすることで自分の担当外の路線を走らせることができるとして、かなり好評だった様子。

齋藤の好きな路線

出身が京都ということも有り、知っているネタも豊富なことから、「山陰本線」は特に力が入ったようで、気に入っているとのこと。

ボーナスよりも

電車でGO!のヒットは齋藤に恩恵をもたらしたようで、社内でも社長賞を受賞し、ボーナスを受け取ったという。

しかし、齋藤にとっては自分のやりたいゲームを作らせてもらったことに感謝をしているとのこと。

ボツもたくさん作ったが、少しは恩返しできたのではと、人柄の良さを感じさせるコメントもあった。

電車でGO!をプレイ

有野も実際に電車でGO!をプレイ

メインプログラマーのプレイ

電車でGO!のメインプログラマーである「菊池正行」によるプレイも収録されている。

さすがのメインプログラマーで、かなりのハイスコアであった。

齋藤晃にとってゲームとは

ゲームとは「夢を具現化するアイテムである」

挑戦したかったことを実際にやり遂げた齋藤ならではの言葉である。

その他インタビュー

伝説のクソゲー「たけしの挑戦状」。

今や開発担当がタイトー内にもいない為、たけしの挑戦状に関するインタビューは、開発時を知る最後のタイトー社員の恵川哲雄と当時の攻略本に携わった林和弘から話を聴くこととなった。

恵川哲雄

開発秘話

クソゲーと呼ばれる作品となってしまった最大の理由は、自由奔放にアドバイスをするビートたけしの発言を、生真面目なタイトーの開発担当者たちが、そのまま受取り、ゲーム化してしまったことにあるという。

不条理ゲーム

恵川は、たけしの挑戦状について「不条理ゲーム」だという。
関係者がここまで言うのはめずらしく、よほど理不尽なゲーム設定であったことがわかる。

タレントゲームについて

タレントを用いたゲームソフトは数多く存在するが、タレントの発言をそのままゲームに取り入れるというのはほとんどありえないことであった。

ゲーム開発に携わることのないタレントの発言をゲーム内に全部収めていこうとすれば、バランス的にもストーリー展開的にもむちゃくちゃになってしまうからである。

それを一本のソフトに収めたのは逆にすごいことだと笑っていた。

林和弘

「たけしの挑戦状を解いてみたい」と有野が向かったのが、当時このゲームの攻略本を書いた出版社、「太田出版」である。

攻略本裏話

林が、「当社から攻略本を”出させていただいた”」というと、有野は「”出させて頂いて”ですよね?w」と笑っていた。

攻略本は苦情殺到!?

攻略本を出版すると、日に400件もの苦情の電話が殺到したという。
その内容は「あんたんとこの本見ても、ぜんぜんできない」などといったものだった。

400件というと、1分に1本は電話が鳴ったらしい。

そこで出版社は異例の対応に出た。

何と、出版した担当が亡くなったと対応することにしたのだ。

有野は「ひどいやり方しますねぇ」と笑ったが、そこまでしないとどうしようもなかったと林もその当時を笑いながら話していた。

出版社はあまりの苦情件数に、すぐさま2冊目の攻略本を出版するも、それでも攻略は難しかったという。

一体どんなゲーム内容なのか?

さすがたけし!

プレイヤーの中には、「さすがたけしのゲーム」「一筋縄ではいかんわい」と思った方もいたかもしれないが、当時のプレイヤーのほとんどは子供。
他のゲームなどと比較して、「なんじゃこのゲームは?」と思ったに違いないと振り返った。

林による攻略のポイント
攻略に必要な要素
  • 歌唱力
  • 根気
  • テクニック

「たけしの挑戦状」に挑戦

伝説のクソゲー「たけしの挑戦状」。

幻のエンディング画面を、自分の目で確かめるべく、有野がゲームに挑んだ。

最初は、攻略本を見ながら順調な滑り出し。
途中、社長にパンチといったお約束もいれつつプレイ。

最初の難関

なんと、ゲーム内でカラオケが始まり、ファミコンのⅡコンマイクを利用して歌うというのだ。

ゲームで聞いたことのない内容。
Ⅱコンのマイクはこのためにあったのか!?

攻略本出版に携わった林も言っていた、攻略に必要なポイントの歌唱力がここで問われる。

コントローラーをマイク代わりに、何度もカラオケに挑戦。

歌が上手いわけでもない有野。
当時のシステムの精度を考えても攻略の方法がわからない。

根気よく続け、33回目にしてやっと次へと進めることができた。

第2の難関「放置」

老人から受け取った白い紙というアイテムを「日光にさらして待つ」という攻略が必要だった。

なんと、その待つという攻略は、実際にゲームを1時間放置しなければならないというもの。

有野は暇をもてあまし、外出。

戻った有野は、待機中に買ってきた雑誌を読んだり、お菓子を食べたりした。

そして、待ちきれずお茶目な有野は、ポンとボタンを押してしまう。

画面には何と「せっかくチャンスを与えたのに・・・情けないやつ」と表れ、全てやり直しとなってしまったのである。

それはもちろんカラオケも・・・

何とかやり直して、同じ場面までたどり着くと、今度は”しっかり放置”し、次のステージへ進む為の地図が現れた。

最大の難関、ハンググライダーへ

このゲーム内で最大の難関であるシューティング面に挑戦する有野。

林が言っていた通りの理不尽な操作性にげんなり。

ついには疲れからか、パスワードもミスし、コンティニュー失敗したところで、ゲームセンターCX名物のADによるお助けが入る。

恐らく誰も知らないであろう「AD山田」である。

ラストステージへ

ADによる助太刀のおかげでシューティング面を突破し、いよいよ最終局面へと向かう。

そこには、宝があり、獲得するとたけしからのメッセージ「えらいっ」とともに、「完」の文字が。

まさかこれで終わり?と思ったが、攻略本によると、このまま5分待つといいことがあるという。

ついにエンディング画面

そしてついに真のエンディング画面が表示される。
そこには何と、たけしからのメッセージが。

「こんなゲームにまじになっちゃってどうするの」

なんともたけしらしいメッセージだが、苦労して不条理なゲームを解いたのに、このメッセージで終わりというで有野も、もはや「やられた」と笑っていた。

タイトー名作コレクション

タイトー名作紹介1

昭和61年「アルカノイド」ファミコン

ブロック崩しにさまざまなイベントを追加。
全てのブロックを崩すと、次のステージへ進める。

裏技-URAWAZA-

コンティニューができる。

ゲームオーバー後のタイトル画面で、「A」+「B」ボタンを押しながら、「セレクト」ボタンを5回以上押してスタートする。

昭和61年「影の伝説」ファミコン

さらわれた姫を救う為、伊賀の忍者、「影」が立ち向かう。
横スクロール型のアクションゲームで、子供たちの人気ソフト。

裏技-URAWAZA-

持ち機が十人になる

タイトル画面がスクロールする前にコントローラーⅠの「A」+コントローラーⅡの「B」ボタンを1回押してスタートする。

昭和63年「レインボーアイランド」ファミコン

冒険好きの主人公がレインボーアイランドの村人を救う為、島の探検に乗り出す。
タイトーの過去のキャラも登場する、当時話題のソフト。

裏技-URAWAZA-

面セレクトができる

タイトル画面で虹が動き出したら、「上」→「左」→「右」→「下」→「A」→「B」→「A」の順でボタンを押す。

平成元年「中華大仙」ファミコン

主人公の「マイケル=チェン」が武道や妖術の称号「中華大仙」を手に入れるため旅に出る。

裏技-URAWAZA-

難易度・残機を変更できる。

タイトル画面でコントローラーⅠの「左上」と「B」ボタンを押しながらスタート。

タイトー名作紹介2

昭和60年「エレベーターアクション」ファミコン

極秘の任務を受けたスパイが、組織のビルに侵入。
任務を遂行していく。

アーケード版から火がつき、大ヒットした作品。

裏技-URAWAZA-

最初に撃った弾が後ろへ遅くとぶ

2人用でゲームをスタートする。
プレイヤー2が始まったらコントローラーⅡの上を押しながら「B」ボタンを連打する。

平成5年「バブルボブル2」ファミコン

全部で80個からなる、面クリア型アクションゲーム。

昭和63年「究極ハリキリスタジアム」ファミコン

プレイヤー自身が監督となり、チームを勝利へと導く。

昭和60年「スカイデストロイヤー」ファミコン

フィリピン沖で、プレイヤーが操縦する戦闘機と、敵戦闘機との激しいバトル。
当時画期的だった、3Dのきれいなグラフィックが魅力。

裏技-URAWAZA-

無敵(海に落ちないかぎり)

「スタート」、「セレクト」ボタンを押しながらリセット。

平成元年「爆笑!!人生劇場」シリーズ ファミコン

プレイヤー自身が、人生ゲームを趣味レートしていく、人気シリーズ。

タイトー名作紹介3

昭和61年「六三四の剣」ファミコン

人気剣道コミックをゲーム化。
剣道を使った、横スクロール型のアクションゲーム。

さらに、大戦モードもあり、2人でも楽しめる。

昭和63年「アキラ」ファミコン

第三次世界大戦から31年後「ネオ東京」が舞台のアドベンチャーゲーム。

大友克洋の原作がゲームで楽しめる。 

平成14年「ラクガキ王国」プレイステーション2

主人公が描くラクガキが、3Dのキャラクターとなり、ストーリーを進めていく。
となりのトトロの作画監督もアートディレクターとして参加。

平成15年「武刃街」プレイステーション2

香港映画の「武侠」をテーマにした、新感覚3Dアクションゲーム。
主人公キャラクターはGACKT氏が演じ、スピード感あふれる派手なアクションを展開する。

平成15年「高橋尚子のマラソンしようよ!」プレイステーション2

マラソンランナーの高橋尚子選手と小出監督が実名で登場するシュミレーションゲーム。
プレイヤーは、プロスポーツクラブのオーナー兼陸上監督となり、最強の女子マラソン選手を育てていく。

クリエイター名言

番組で取り上げられるほどのクリエイターはそもそも考え方が一般とは異なっている。
その話に耳を傾けると様々なことに役立つことだろう。

西角友宏の名言

「ゲームとは作って楽しいもの」

齋藤晃の名言

「夢を具現化するアイテムである」

動画を見るには?

ゲームセンターCX第1回のたけしの挑戦状は以下の映像作品に収録されています。

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ゲームセンターCXはFODでも配信中。
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有野のまとめ

タイトーってすごい会社ですねぇ。

25年経ってても、あれはやっぱりスペースモンスターや、だから俺は愛情ない!って口に出していえるのが素敵な人やなぁ。

それに、たけしの挑戦状作った人はもういないんですよ、だってクソゲーですもん。って言える人がいたりとか。

ボツになった作品をたくさん出しても最終的にミリオン出せばいいって言う考えがあるのがすごい会社やなぁと思いましたね。

芸人やったらすぐ降板やのになぁw

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